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収徒拝師式に寄せて

話は収徒拝師式の二週間前に遡る。

H.Kさんが病院でいつもの腫瘍マーカーの数値の計ると、数値が高くなっていた。
これで、7月20日には完治した身体で何の憂いもなく拝師式を行う事が出来る、そう思って喜んでいた矢先だった。

2014年7月17日

拝師収徒式の3日前。
サナトリウムでの療養から帰ってきて、何とか数値が少なくなることを祈っていた。
13時には診察が終わり結果の連絡が入るはずが、1時間、2時間が過ぎても連絡がない。
不安が心をよぎる。

ようやくメールが届いた。結果は…癌だった。

今まではなかったはずの肺にも2~3mmのものが出来ていた。
だが、それだけではここまで腫瘍マーカーの数値は上がらない。
最近、痛みを訴えていた左股関節のところに影の塊があった。おそらくこれだろうとのこと。

一瞬、またしても…という思いと、なぜ…という思いが交差する。
しかし、確かにショックではあったが、自分もH.Kさんも不思議と心は落ち着いていた。

「世にも美しいガンの治し方」というHPを見て、そのサナトリウムで治療を始めていたからかもしれない。
去年4月にステージ4の癌がわかって、抗癌剤と手術しか手立てがなく、
真っ暗闇のような状態だった時とは違い、今は、やれることがある。希望がある。

病院のベッドの上で、点滴に縛られることもなく、
身体も思いっきり動かせるし、のびのびと武術も出来る。

サナトリウムでの療養もまだ始めたばかり。

そう。全ては、「これから」だ。

2014年7月20日

師父、師父の義兄、弟弟子に見守られながら、予定通り「内功武術 明鏡拳舎」の収徒拝師式が執り行われた。

形式こそ道教的な要素はいろいろと残しながらも、宗教的な意味は一切排除して純粋に師弟の関係を結ぶ場としたのが、師祖父の代からの収徒拝師式だ。

前回も書いたものに補足するならば、我々は套路という、いわゆる型というものを通して先人の知恵や工夫の詰まった叡智を学びながら、現代においてそれを学び伝えていく者の責任において研鑽しながら必要に応じて変化させていくように、我々の収徒拝師式も同様に、形を通すことでただの気持ちで終わらせることなく、先人の教えや心をも同時に受け継ぐことであり、自らもまたより純粋に武術の門として完結するための一つの在り方を示したものだろう。

形は、単なる形ではないのが我々の武術である。

形一つ一つに、経験を通して代々積み重ねられてきた意味があり、智慧があり、想いがあるのを知っているからこそ

形だけではなく、
心だけでもなく、

それらをさらに昇華させた、心と智慧が合わさった形としてその意義を味わうことも出来る。

H.Kさんが明鏡拳舎の開門弟子となったことには深い意味を感じている。

一つには「この武術に必要なものはただ一つ。真摯に学ぶこと」という言葉、そのものの人柄であるという事。
その言葉が、けっして建前ではなく真実であることを証明してくれたのである。

そして、なにより「明鏡拳舎」の「明」の字の意味をはっきりと方向づけてくれたこと。
それは武術が持っている二面性である「生=明」の部分を、これほど体現し、感じさせてくれる人物はいないだろう。

「生=明」の音の響きは、そのまま「生命」にも繋がる。また「生命(せいめい)」は師祖父の名前とも韻を踏んでいて、なんとも言えない繋がりを感じるのだ。

自分の拝師式の時に、師父がどんな気持であったか。今、それをしみじみと全身でわかったように思う。
そうだ。きっと師父もこんな気持ちであったのだろう。

…いや、右腕に麻痺が残る手で、長い時間をかけて一文字一文字、想いをこめて証書を書いてくださった分、もっともっと深かったに違いない。

師父の境地にはまだまだかなわない。

だからこそ、これからもしっかりと門を育てていかなければ。
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開門弟子のご報告

一昨日、2014年7月20日。
「内功武術 明鏡拳舎」にて、初の収徒拝師式が行われました。

最近、「成長」のタイトルで数回にわたって綴ってきたその学生こそが、明鏡拳舎の開門弟子となりましたことを、ここにご報告致します。

見證人には、私の師父と弟弟子が。主持人には私達の時と同様に師父の義兄に務めていただいて、心に染み入るようなおごそかな収徒拝師式を行うことが出来たことを、深く感謝しております。

我々は、套路といういわゆる型というものを通して先人の知恵や工夫の詰まった叡智を学ぶわけですが、収徒拝師式という形があるからこそ、そこに関わる人々や先人の心や想いが、そこに込められるのだと深く感じます。

そのような積み重ねに畏敬の念を覚えるとともに、このような素晴らしい弟子に巡り会えたことに、それを師父をはじめとして皆で祝っていただけたことに、全てに感謝致します。


宇野道夫 拝

成長 ~ 近況 ~

「成長」ということをテーマに日記を紹介してきたが、そこに登場するH.Kさんは最近あるサナトリウムに療養にいき、様々な出会いや経験をしてきたようだ。本人は「一人合宿」と言っていたが(笑)、サナトリウムから送られてくるメールの内容を通して、その様子が活き活きと伝わってくる。

どんな人との出会いがあり、
どんな言葉をかけられ、
その中の誰が教えを請い、
教わった人がどういう言葉を語ったか。

その一つ一つに、タイトルにある「成長」を感じずにはいられなかった。

ある外国出身の婦人は習った後にこう語ったという。
「明日、お帰りになる前にもう一度お時間をいただけませんか。今日、家に帰って練習してきます。次にお会いできるまで、間違った動きを練習しても意味がありません。正しい動きでできているか明日見ていただけないでしょうか。」

このような人を惹きつけることが出来るだけの武術がH.Kさんの中に育っているのだと、喜びの気持ちが湧き上がってくるのを感じた。

だからこそH.Kさんのことを書く為に、あえてmixiを選んで友人限定にした日記をここに紹介することで、まずは人となりを知ってもらおうと思ったのだ。

H.Kさんが家に戻ったあとに「その時の様子を日記か何かにしてまとめておくといいですよ。」とアドバイスすると、療養中にくれたメールも間に挟む形で、長い長いレポートを送ってくれた。改めてまとめて読むと真摯に積み重ねてきたものが、色んな形で結実し始めているのが文章から伝わってきて、感動さえ覚えるものであった。その全部を紹介したいところではあるが、全文は紹介しきれないので、結び近くのまとめの部分だけ抜粋して紹介したいと思う。途中、生姜や人参といった食べ物が突然出てくるのは、サナトリウムの療法と関係があるものだということをあらかじめ説明しておく。

◆サナトリウム・リポート(抜粋)

サナトリウムの10日間を通して、今、感じていること。
直観力が強くなった。“気づき”の力が前より増している。
自分の状態、つまり、武術としての動きや、感情や、身体的なことや呼吸や、自分のまわりのことや
…そういうものに気づくということが、どんなに大切なことか、どんなに自分を大切にし、そして他者を大切にすることに繋がるか、やっと実践のレベルでわかった気がする。花一輪、葉っぱの一枚がどんなに秩序を持ってそこに美しく存在しているか、そんなことを気にとめる人は少ないだろう。けれど、自然の中で立っている植物たちの姿に骨格と筋肉を感じる。それに、私は今、植物たちの力を借りて生きている。生姜も人参も林檎もキャベツも…。
よく見て、”気づき”を得られることが多くなった。
練習のとき投げかけて下さる先生の言葉も見せていただく形も、氷山の一角のようにしか理解できていなかったのではないか、しっかりと気づけていなかったのではないかと、そのように思う。
真からの“気づき“につながるときの心のあり方を学んできた、そういう気がする。そして、それは太極拳の99勢のように、いつもこの身とあるものになった。
瞑想をする人は呼吸の始まりを感じ呼吸のおしまいを見届け、それを繰り返す。私はあえてそれをする必要を感じなかった。
なぜなら、太極拳は呼吸そのもの。打てば、柔らかく深く必要な分の呼吸ができる。
私の呼吸、だから、命ある間、この太極拳を打つ。

◆(ここまで)

ついでに、先週の土日は愛知県にある宇童会という教室があったわけだが、その時にもこんな感想をいただいている。

◆7/12・13感想その3より(抜粋)

サナトリウムでの一人合宿の十日間から今回の宇童会、いろいろありすぎで、書き切れません(笑)。
どこででもいつでも豊かな時間をいただいていて、ありがたく感じております。
先生が北名古屋市の公園で套路を打っておられ、それを拝見して、教えを受けた2009年7月20日からあと数日でもうすぐ丸5年。あの初めての日に教えていただいた上歩打擠までの三手が、錆び付くどころか今なお面白いなんて、深いですね、先生の武術は。熱しやすく冷めやすい私が熱したままです。

◆(ここまで)

そして今日が、その出会いから丸5年目の日だ。

成長 ~ 日記より(3)~

今回は日記を3つまとめてアップしてしまおうと思う。
それに合わせて、ここ一連の記事のタイトルも変更した。
こうして読み返してみると、本当に二転三転し、次から次と試練が襲いかかってくるかのような怒涛の日々であった。
しかし、それとは逆に、気持ちの方は静かな水面の如く、徐々に澄んでいく。

2013年12月2日・書き込み
タイトル:「最初の生徒 最終報告」

私の最初の生徒につきまして、皆様には大変ご心配をいただきました。深く感謝申し上げます。
お陰様で11月30日に無事、癌を克服して退院することができました。この度の退院を持ちまして、私の最初の生徒についての、報告は最後にしたいと思います。

◆◆◆
11月23日

外出許可がおりる。その足で練習会場にかけつけてくれた。手術からわずか17日。
9月に直径4.5cmの血栓が肩甲骨から頭蓋骨の中までびっしりという、信じられない状態で緊急入院してから二ヶ月。皆で喜びあった宇童会であった。
宇童会は師父に名付けていただいた名前で、宇童会の宇は宇野の宇。童はH.Kさんのペンネームに由来している。H.Kさんのいる風景こそ、宇童会だとしみじみ思う。

11月30日

H.Kさん退院の日。
4月に入院してから実に7ヶ月。本当に長い戦いだった。もっとも、医者に言わせると「かなり早い退院」らしいが(笑)。
まだしばらく痛みは残るようだし、半年ほどの補助療法と2月に二週間ほど入院しての補助的な手術は残っている。血栓も101ミリにまで小さくなったが普通で考えたら未だとんでもない数字である。
だが…

油断大敵ではあるが、僕は、この退院をもって、僕の最初の生徒の勝利を宣言したいと思う。

僕の生徒は勝った。

それは僕の確信であり、決意なのだ。
◆◆◆

この報告日記を読んでくださっている武術関係の皆様には、今後、私共々ご教授いただく機会もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

2013年12月31日・書き込み
タイトル:「2013年を振り返って」(一部抜粋)


去年より恒例となった?今年一年の総括です。

まずは何はともあれ、「最初の生徒」の日記にもあったH・Kさんのステージ4の癌とその克服でしょうか。
計5回の手術と抗がん剤の治療、いろんな臓器を切り刻み、取り除き…
どれほどの痛みと苦しみだったか、という戦いを4月からしてきましたが、
最近の検査では腫瘍マーカーの値も標準値まで下がり、
血栓の方も9ミリとようやく1センチを切るところまできました。
本当に、よくぞここまできたなと思います。
あとは、来年2月20日にもう一度手術と、血栓が完全になくなるのを待って
完全復活という感じでしょうか。
痛みはまだ残るものの、元気そうなH・Kさんの姿に
「これも太極拳やってるから、ここまで頑張れたんだよね」「すごいね」と
周りの人も口々にそう仰ってくれるそうです。
実際に、H・Kさんの身体を支えていてくれたのは、
真摯にこの武術を練り込んでいたからという部分も大きいと思っています。

2014年3月22日・書き込み
タイトル:「武術とは」


これは、昨年書いていた「最初の生徒」の続きである。と言っても、H.Kさんはもはや単なる生徒ではなく「内功武術 明鏡拳舎」の現時点でただ一人の学生(拝師弟子候補生)であるが。

もうこの続きを書くことはないと思っていた。
でも、記しておきたい事が出来たのだ。

2014年2月13日

・癌は全て取り終えて、ストーマを外す術後処理的な手術。これで全てを乗り越えて退院を待つのみ…のはずだった。

2014年2月19日

・再び癌が見つかる。既に治療したはずの肝臓だった。それも、三箇所に転移していた。肝臓の手術は出血も多くて難しく、前回は10時間を越える大手術だった。「またしても、同じ大変な手術をしなければならないのか」と…その日の内に報告のメールが届いたのを読んで、しばし愕然とした。淡々として落ち着いた…まさに明鏡の如く、静かな水面のような文章だった。それが余計に心に沁みた。
こうして、家族に、友人に、一人一人に報告するのはどんな気持ちだろう。

2014年2月22日

・H.Kさん、退院。そしてその足で宇童会へ。休憩時間にH.Kさんの退院祝いを行う。肝臓の手術が控えていたが、純粋に退院を祝えるようにと、あえて皆へ癌が見つかった事の報告はせず、個別に後から伝えた。
退院祝いには、会津の郷土料理であるニシンの山椒漬けを5日前から作っていって、ノンアルコール飲料と共に皆で味わった。ちなみに漬けたのが5日前と言うことは、この時はまさか癌が再びみつかるとは、考えてもいなかった。

2014年3月8日、9日

・2日前に手術の準備で入院し、外出許可をもらっての宇童会の参加。9日も八卦掌クラスに参加し、その後に学生練習。こんなにも元気なのに癌があって、明日は手術なのだ。
ベストコンディションで手術に臨む為に、丁寧に二人で練習を繰り返した。

2014年3月10日

・二度目の肝臓の手術。昨年の4月から数えて、もう何度目の手術だろう。二回目の方が手術の後の状態はひどくなるのが普通との事だった。予定では7時間。予定は前回と一緒だが、今回はどうだろうか?
手術時間は6時間半。今回も無事、手術は成功した。

本日。2014年3月22日

・大手術からわずか12日。H.Kさんが宇童会にいる。前日に退院し、それも医者や看護婦からは、肝臓の手術の後だと言うのに、もう、こんなにも元気なのは普通では考えられないと、口々に驚かれていた。術後で少し痩せた感はあるが、確かにとても12日前に大手術をしたばかりとは思えない、元気そうな姿だ。太極拳クラスが始まると、站椿、套路、推手。どれもしっかりとこなしていく。

武術は…いかに人を強くするものか。

いや、それだけでは言葉が足りない。

武術で練った功夫は嘘をつかない。
その人の誠実さや真摯な気持ちがそのまま表れる。

そのように磨かれた武術こそが、その人を護り、強くするのだろう。

…長い長い一年だった。
しかし、僕の一番目の学生は、戦いに全て勝利しただけでなく、こんなにも強くなって帰ってきた。

念の為、抗がん剤を半年ほど続ける事にはなるが、命の尊さを嫌という程見つめてきた一年だった。H.Kさんに迷いはない。

武術とは…
その先の言葉を、僕は確かに今日、H.Kさんの姿に見たと信じている。

成長 ~ 日記より(2)~

mixiに書いた日記の続きである。
日付は 2013年11月12日 になっている。

◆最初の生徒 経過報告

僕の最初の生徒は、女性でかつ体格に
も恵まれておらず、
この武術に出会った年齢は遅いし、まともな運動経験も特別な運動神経もない。

…しかし、それ以外には何でも持っている生徒であると思う。

真摯に学ぼうとする気持ち、練習をしみじみと味わいながら愉しむ心、
そして、僕の弟子には不可欠な「健全なる武術オタク」としての探求心もある。

そして僕にはない、しっかりとした東洋医学の知識も経験も豊富に持っている。
困っている人のために働き、サポートをしてきた実績と正義感も持っている。

絶望的とすら思えた病気の状況に真正面から向き合い、闘う勇気も持っている。
手術後、わずか二日後に太極拳を行う透徹した、澄んだ心ももっている。

そんな素晴らしい生徒を最初に持つことが出来た僕は、先生として幸せだと思う。

ここからは報告になる。僕にとっても心の底から嬉しい報告だ。

11月6日に今年5度目の手術があった。奇しくもこの日は、H・Kさんの父親の命日でもあった。
午前11時30分に手術が始まった。終わったのは午後の10時。実に10時間半にも及ぶ手術であった。

何でもかんでも全てを書くのは控えるとして、結果としては、
膀胱は全摘出するなどいくつか大きな代償はあったが、手術は成功に終わった。

「癌はこれですべて取り除きます」それが、手術前の担当医の言葉だった。手術後の抗がん剤も行わない。
様々な根拠や説明と共に、その理由が語られる。強い言葉であった。

そして…

癌は全て取り除かれた。


手術前に、「宇童会便り」という会員向けのメールの中で、H・Kさんに向けて書いた文章がある。

「手術まであと少しです。
 戦いに関してアドバイスをするならば、戦うにも勇気はいりますが、意外にも、勝つという事にも勇気がいります。
 戦いも終わりが見えてくると、「ここまでやったんだから十分だ。もう勝てるだろう」とか、
 いわゆる「あとは人事尽くして天命を待つのみ」とか、そういう気持ちが沸き起こってきますが、
 そうではなく勝ちきる!つまり「これで完全に治る!」と意識を明確に持つ「勇気」が必要です。
 後処理的な治療はあったとしても、根治的な治療はこれが最後です。
 この後の抗がん剤治療ではありません。そこから先は本当はH・Kさんの身体が本来持っている免疫力だけでも十分なんです。
 癌の性質とは本来そういうものです。」

担当医の上記の説明が行われたのは、まさにこの宇童会便りが送られた直後だった。

4月に癌がわかった時には、暗闇で全く先が見えないような状況だった。
わかるのはただただ、途轍もなく大変だという事だけだ。
それでも一つ一つ積み重ねていくしかないと思った。
一つ一つがまさに激戦だった。

治療を続けている間は、大変な思いをしながらも、なにか「まだ先がある」という変な安心感もあるものだ。
あまりにも暗闇が深かいと、「治った」と言われてもどこか現実味のない言葉のように聞えるというのが一般的な反応というところだろう。
むしろ、なにかしなくてもいいのだろうか?と不安に駆られるものかしれないと思う。

しかし、癌は治ったとは言え、手術自体はもう一つ残っているし、なにより血栓は以前から比べればかなり小さくなったものの、一般レベルからすればまだ、かなり大きな状態だ。小さくなるにしたがって凝固した血液がとんでしまう危険性も残っている。肝臓の手術の時に比べれば、術後の状態もだいぶ元気であるものの、生と死の間を綱渡りという状態は残っているわけで、本当の安心はもう少し先だ。

だが、4.5センチもの血栓が、鎖骨あたりから頭蓋骨の付け根あたりまでびっしり詰まってしまった状態でも、自分で血液が流れるためのバイパスを作って生きていたというものすごい奇跡までおこしたH・Kさんの身体と生命力だ。完全快復での生還を信じないで、何を信じるだろう。

ならば僕自身、伝えるべき人に伝えるべく、よりいっそう自身の武術を磨くのみである。
そして宇童会の皆の笑顔と共に、もうすぐH・Kさんを迎えることが出来るのだと、今から愉しみに思い描いている。

成長 ~ 日記より(1)~

今回のテーマは「成長」。

これを語るには、昨年・2013年10月15日にmixiに、一枚の写真と共にアップした「友人まで限定」の日記を、あらためて紹介しなければならないだろう。
既に読んだことのある方には繰り返しになって申し訳ない感じだが、以下、mixiの日記からの引用である。

◆タイトル:「最初の生徒」

病室に飾られた写真。
肝臓癌の手術からわずか19日後に撮影されたものだ。
それも今年3回目の手術だ。

2013年4月7日

腸閉塞で緊急入院。即、手術だった。この時、大腸癌が発見される。

その二日後にこんなメールが届く。

「今、上歩打擠までを何度も、そして第一十字手まで二回通しました。
 点滴のチューブもあるので、無駄な動きができないわけですが、
 無駄のない動きって実にこういうことかなと、思うところがありました。」

手術して間もない身体。しかも癌ということを知っての、メールだった。

4月※日

検査をしては、その結果を一つ一つ受けとめなければならない日々。
肝臓、膀胱…大腸も含めて、癌は3か所で見つかった。
それも、肝臓だけで癌は6個所に転移していた。

4月13日 

お見舞いにいき、病室でやっていたという太極拳を見せてもらう。

その時の感想を、のちに、会員向けのメールにこう記している。

「日曜日の午後、お見舞い&個人レッスンでH.Kさんの病室に伺った時、外の光が射す白い壁の部屋の中で、H.Kさんの太極拳を見せていただきました。一切の無駄のとれた、素直で、美しい太極拳でした。点滴のチューブを付けながら、手術したばかりの身体で、自分の身体を感じながら丁寧に丁寧にこの太極拳を打っているH.Kさんの姿が目に浮かぶようでした。それは、第二の站椿を形をとりながら、小さな歩幅で行う、動きの少ない太極拳でしたが、真面目に地味な站椿をする事からはじまり、僕が教えた通り真摯に意識して感じながら行っている姿が、H.Kさんが積み重ねてきたもの全てが、そこに見えた気がしました。套路は嘘をつきません。僕は、こんなに尊い太極拳を見たことはありませんでした。」

4月22日 

抗がん剤を入れる為のポートを埋め込む手術。抗がん剤治療が始まった。

4月25日

いったん退院。

4月27日

宇童会に参加。
疲れたら身体を休められるようにクッションなどを持ち込んでの参加だった。
皆の前で、病院で練っていた套路を披露してもらう。
何人もの人が、涙を流しながら、その套路を見ていた。

※月※日

抗がん剤の影響で、会うたびに、指や爪が黒ずんでいく。
そのうち舌や唇まで黒ずんでいるのがはっきりわかった。
手先の痺れや痛み、味覚の変化、これがH.Kさんの戦いなのだ。

抗がん剤と分子標的薬を2週間おきに4クール。
その間に、まず肝臓の癌を取り除き、その後、大腸と膀胱の手術をやることに決まった。

7月8日 

肝臓の手術。
7時間を予定していた大手術だったが、結局手術は10時間に及んだ。
普通、肝臓に3か所以上癌がある場合は、手術はできないという。
6か所の転移だったが、それでも手術を行い、そして手術は成功した。
「生きてます。」それが、翌日手術後にもらったメールの第一声だった。
肝臓の手術は出血が多く難しい上に、身体への負担も大きく、
術後7日間は食事が出来ない。身体には大きくL字に、手術の痕があるという。
「声が全く出せなくて驚きであった。寒気で体がガタガタ震えていた。」それが手術後の状態だったそうだ。


7月19日 

H.Kさんが初めてこの太極拳に触れてから、満4年が病院のベッドの上で過ぎていく。

7月27日 

午前中にいったん退院。
そして、午後からの宇童会に参加。
大手術からわずか19日。
声もまだかすれてまともに出ない、そんな状態であったが、
写真はこの時に【撮影】されたものだ。

8月※日 

抗がん剤の治療が再び始まる。
8月の後半になって、首の右側が異様に腫れてきている。
心配な日々が続く。

9月21日

首の腫れは一時、尋常ではない大きさにまで膨れ上がっていたが、やや収まりつつあったと思っていたところ、病院から連絡が入り緊急入院。首の腫れは血栓が原因だった。それも、太さ4.5センチ(ミリではない)の血栓が、耳の下から鎖骨あたりのポートが埋めてある近くまで、静脈の中にびっしりだという。

なぜそれで「生きていられた」のか?
それは、静脈の周りの毛細血管が自然に血液を運ぶルートを作って、バイパスの役割を果たしていたとのこと。
会う医師や看護婦たちが、口々に「本当に良く生きてたね」と不思議そうな目でH.Kさんを見るという。

10月4日 

血栓の太さは2.5センチまで小さくなる。

10月10日

ポートを外す手術。今年、4度目の手術である。

そして…
現在もまだ医師が曰く「「血栓はまだ危険、飛んだら即5分で命はないだろう。」という状況。
今月の終わり頃か、来月の頭には大腸と膀胱の癌を取り除く手術がある。

朝、起きると「生きていてよかった」とまず思うと言う。
血栓が飛ぶのは起きて動いている時とは限らないから。

これが、僕の初めての生徒の戦いである。
そしてこれは、僕にとっても戦いなのだ。

師と弟子は共に戦うものだ。

自分は、弟子をとる立場にはないけれど、一人の人間としてこう思うのだ。

「弟子よ、勝て!」

内功武術とは

我が門の正式名称は「内功武術 明鏡拳舎」の八文字であるが、
いざ、内功武術とは何かという事について語ろうと思うと、意外に制約が多くて難しい。

内功武術の重要な要素である「感・意・操」については、師父がいろんなところで語っていらっしゃるので、あえて繰り返すこともないだろう。

では、何をどのように語るか?ということをひとしきり考えてみたが、今回のテーマでは内三合の要素である
「心、意、氣、力」について、ちょっとした考察を書こうと思う。

日本においては、「心」や「気」は語られることはあっても、「意」を語られることは非常に少ないように思う。その点、中国武術においては「以意行気」「気は意をもって導く」との言葉があるが如く、意と氣をはっきりと区別しているという事。気についての考えが非常にシステマチックに語られていることなど、日本における一般的なイメージとは前提となるものに、そもそもが隔たりがあるように感じている。

さて、内三合とはご存じのとおり、心と意、意と氣、氣と力を合わせることをいうが、それがしっかりクリア出来た場合には、「心、意、氣、力」の順番は、つまりそのまま内功武術で打つ時の流れそのものであるとも言える。
それを自分の感覚から言わせてもらうと、物語の「起・承・転・結」に当てはめると理解しやすいように思う。

「心と起」

つまり心は起こりである。ここでは例として「パンチを打とう!」と思ったとしてみよう。

「意と承」

承は物語が発展していく部分であり、さらにその中にたくさんの小さな起承転結を含むものでもあり、それが多くあればあるほど話は壮大になる。
例に沿って考えるならば、一般的には打とうと思った時に、反射的にどの筋肉が、どれだけ、どのように働くかで効果が変わってくるということになるが、我々の武術では、同じく打つような動作であっても全く別の発想での身体の使い方によってそれを行い、それが太極拳ならばあくまで膨らむ意識=ポン勁によって、結果、腕が伸びていくというように、使う筋肉や、使われ方を「意」でもってコントロールするわけである。
それに加えて、重力などの自然界に常に働いている法則をどのように利用するか等々、そういったプラスアルファの要素が多ければ多いほどエネルギーを累積することとなるため、小さな起承転結を多分に含み、極めて「術」的な要素が入り込むところが「意」の部分であると言えるだろう。
もちろん、無意識に理にかなった動きを行っている場合もあるが、理解と意識でもってそれを構築していくから「意」であり、内功武術だ。

「氣と転」

心から意のプロセスによって、どれだけの気、つまりエネルギーが生まれ、目的に沿った一つの力に清算されるかの過程が転と言えるだろう。清算はプラスだけとは限らない。一方では目的にそくしたエネルギーへ変換される時にどれだけロスしたかとも言える。分かり易いところでは、パンチは腕に力を入れれば入れるほど屈筋が働き、結果、スピードは遅くなって、自分が感じている力感ほどにはエネルギーは多くないという場合が意外と多い。
物語においては、いかに「転」で一気に物語を「結」に向かって持っていくかが腕の見せ所と言うところでもあるが、内功武術においては、様々な物理法則や身体の特性を生かした運動を、いかにエネルギー(=氣)へと変換するかという事と同時に、コントロールしながら一つに収束させつつ、目的の場所にそのエネルギーをぶつけたり伝えたり出来るか、という転の部分が個人が積み重ねてきた内功の深さと言えるであろう。
もちろん、気には皆が想像するような要素もあるとは思うが、意の中に様々に存在する、小さな起承転結の一つに過ぎないというのが自分の解釈だ。
(追記:だから、先生が気だけで弟子を飛ばす様なものは、逆に言えば、弟子が気以外の物理的なエネルギーを捨てさったから、という解釈も出来るかもしれない。)

「力と結」

最期は結果がどうであったか。単純にどれだけの威力を出すことが出来たかという事だ。
逆に結果を見れば、その人の内功武術の功の深さや性質がわかる。

自分は我が門の武術を「書物」に例えることが多いが、こんな風に物語を作る基本が上手く説明に当てはまってしまう事も、我が門の気風を表しているように思う。
プロフィール

Author:宇野 道夫
「内功武術 明鏡拳舎」を主宰。
陳[シ半]嶺(Chen Pan Ling)の流れをくむ
太極拳・形意拳・八卦掌
の三拳を修めている。
縁あって愛知県の江南市。神奈川県の相模原市で後継者の育成にあたっている。

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